2012年11月16日金曜日

みんなの知らない信貴山の奥の院 発見!(沖縄さにん花&べっぴん会)

それは・・・・・
何年か前に仕事上で知り合った女性のひと言から始まった・・・・・のです。
この下の写真は・・・・・
奈良県にある毘沙門天王様で有名な 信貴山 朝護孫子寺の地図です。

今回の『 信貴山の奥の院(上記地図の上の辺り) 発見!!!』のお話ですが・・・

数年前のある時・・・・

実母から
『 来年は、良子の干支の寅年やから 近くにある信貴山にお参りに行こうか?』と
言う話が・・・・
まさか・・・こんな偶然なご縁があるとは・・・・想像もつかず・・・

この信貴山があるお寺は、
私達が住んでいるたった5つ駅向こうなのに  あんまり行くことないお寺でした~

信貴山  朝護孫子寺由来の話・・・・
1400年前、聖徳太子がこの山にて戦勝の祈願をすると天空から毘沙門天王が現れ、必勝法を授けられました。
この時が、「寅の年  寅の日 寅の刻」であったことから
毘沙門天王は虎に縁のある福の神」として信仰されているそうです。

私が、数年前に仕事で知り合った女性に何気なく
その実母の信貴山行き(寅年にお参りに行く件のこと)の話をしたところ、

『 私・・・・昔、その信貴山のあるところでずっと修行していたことがあるの 』

その時 『 でたぁ~????!!!!』という感じの私でした。
勿論、信貴山のことなら詳しい人なので・・・・色々と話を聞きました。
これは、又、例の偶然で 何かある気配と予感は、していましたが。。。

その女性が修行したお寺とは、
奥の院と言って
それこそ 『 みんなの知らない信貴山の名所  奥の院 発見!』でした。
つまり
通常、一般的にお参りする場所は、信貴山真言宗 総本山 の本堂というところで
http://www.sigisan.or.jp/

私が、聞いたこの奥の院とは、この本堂から小1時間歩き、山奥にあるために
通常あまりここまでお参りされる方は少ないし、奥の院というところが存在していることすら
多分、知らない人が殆どだと その女性は、言っていました。
まさしく・・・・発見!!でした。
でも
結局、寅年のお参りの時は、奥の院まで行けなかったのですが・・・・・

その奥の院
まさか、何年かたって行くご縁ができて、
なおかつ
それもこのお寺に40年間で500回程の月参りをした人の息子さんの案内付きで
行くご縁が出来たのです(笑)

もう!私にとっては、不思議発見ですぅ(笑)

まぁ~そんな・・・???ことがあり、
ご縁のあったお寺にお参りできるかと思うと 1週間前あたりからドキドキわくわく・・・の私。

人里離れた知る人ぞ知る奥座敷のようなところ・・・・・
それは・・・・
日本最初毘沙門天様 出現霊地   信貴山  奥の院
http://www.geocities.jp/okunoin6360922/index.htm

奥の院の入り口付近


この奥の院に行く経緯と行くまでの物語の始まりです。
この信貴山にあるお寺の最寄の駅は、近鉄 信貴山口の駅でそこからケーブルに乗ります!
小学生の遠足以来です・・・・

さっきお話した奥の院を案内していただくことになった偶然の経緯とは?
それと 一体誰が・・・・案内人で行くことになったのか?

その方とは・・・
このブログでお馴染みの
『 沖縄さにん花 』のリーダーの八尾の唄者さんが案内人だったのです(笑)
※ 沖縄さにん花・・・沖縄美人らんちゃん発見!シリーズ

それは、
去年のある日のこと・・・
なにかの話からこの奥の院のことになり
八尾の唄者 『 わし・・・その奥の院やったら、小さい時に親父に連れられて よぅ行ってたでぇ~
                        確か、親父は、何百回も行って入り口の碑も建ってるしなぁ~懐かしいわぁ~・・・』

《え・・・・・出たぁ・・・偶然話!》という感じで

よしこ            『 私、数年前から奥の院のことを聞いていて、1回行きたかったところなんです』と
言うと
八尾の唄者 『 そやなぁ~来年でも 季節のいい時に行ってみようか?わしも懐かしいわ~』
いう話になり
その日が、今年10月22日だったのです。

メンバーは、
八尾の唄者さん ・ 沖縄さにん花のマネージャーのらんちゃん ・ らんちゃんのお友達(薫さん)と私!
この日天気も良く、この4人は、
旅行に来た気分で、子供のように はしゃいでいました(笑)
幾つになっても感覚や感性が同じだと・・・年齢や性別が関係なく、
仲間感覚で目茶苦茶 楽しいです。

薫さんは、とても上品でお洒落で真心のあるマダムです。
以前は、何十年もブテックを経営され、今は、お稽古事の毎日で(体操・お料理等)
人生を楽しんでいるとか・・・・
話される言葉使いが、教養深く最高に素敵な女性です!
又、私の憧れの女性が、1人増えました。

ケーブルを降りると バスに乗り、
信貴山では有名な 『 旅亭   十三屋 』で昼食をとりました。
以前、沖縄さにん花で演奏をしたことがある旅亭というご縁です。


大はしゃぎする4人の大人達の小旅行状態でバスの中の様子は、
何事も笑い、冗談の連発で会話が弾み、
こんな楽しい人間関係は、いつまでも大事にしたいと思います。
※ 真っ黒の画面ですが、クリックするとその様子が動画で見れます※

バスを降りると 八尾の唄者さんが地図を見ながら説明して下さいました。
「 ここが。。。目的の奥の院やねん・・・」と

話は変わりますが、
いつもダンディな男性の唄者さんですが、
この日の装いの帽子と眼鏡がお洒落だと女性軍から お褒めの言葉が御座いました(笑)
本人は、照れながらも 『 あ・・・そうかなぁ・・・ 』と言いながら
それから、会うたびに この帽子と眼鏡をかけている八尾の唄者さんです(笑)


「旅亭 十三屋」に入るところの八尾唄者さんとらんちゃんです(下の写真)
とにかく、この2人は、息のあった漫才コンビみたいで実に面白い2人です。
時には、年下のらんちゃんが、オカンとなり子供に言い聞かせるような場面もあり
実に、頼もしい関係のお2人です。

この時もなんか言っていました・・・・

玄関に入ると  ようこそ!とお辞儀をしている方々(左手)大・中・小と・・・・
 たまには、頭を上げないと疲れるのに・・・と心配する私(笑)

マダム薫は、風情のあるこの旅亭が、お似合いでした。

この後、部屋に案内される前に景色の良い場所で
お抹茶と和菓子のおもてなしがありました・・・・
食事前といえども 案外これが又、食べれるものなのですね(笑)

仲居さんに案内された私達4人は、又、冗談ばっかりの連発でした!

会話の一部は・・・
『 ここの温泉は、良かったから もう一晩泊まろうか?』の冗談に始まり、
年を重ねる程 価値観と感性の合うユーモアがある仲間とは、会話も実に愉快で楽しいのです。
1番後輩の私は、こうした方々との仲間に入れてもらい 幸せでーす(感謝)


お料理の内容は、全て・・・美味しかったので、
次回は家族と一緒に行きたい№1☆の旅館にしました!
見た目と食感と季節物と味のバランスが、良いお料理で10品の献立で
満足度 100㌫!

結局 「灯台もとぐらし」と行って
自宅周辺には、行かないものですが、あらためて近場でも良いところがあると気づきました!

そして食事の最中に突然、支配人さんが乱入(笑)

この「旅亭 十三屋」の名物・・・・・ゆずのお酒の差し入れがあったのです。
自然のゆずの香りとお洒落に雪の中にあるお酒のイメージで
お花を添えての演出もあり・・・・・ありがとうございました!


この後、又、 乱入者がいました・・・・・
この男性(八尾の唄者さん)です。
次の最後のご飯物の配膳が、少し遅いので部屋の表においてあったお膳を
『 おまたせしましたぁ~』と言いながら、部屋に入ってくる八尾の唄者さんでした(笑)
みんなを楽しめせる心意気は・・・大阪人であり、子供のようにお茶目です!
この時のらんちゃんの突っ込みは、
『 あら~おばちゃん~ありがとうね・・・ご苦労様!』でした(笑)
この後、仲居さんは、表にふと置いたお盆ごとないので吃驚して入って きはりました。
みんなで 大爆笑!


そして・・・・これは、絶対に情報としてお伝えしておきます(笑)
実は、このお店では・・・・
最後に出る ご飯と香の物となんと・・・・・プラス御餅入りのお善哉がでてくるのです。
この時、すでにお腹の様子は満員御礼の札がかかっいる状態で
まして、私自身このお善哉とやらは、苦手なんですが
横で マダム薫さんが、
「私!!大好きな善哉!嬉しいィわ! え・・・・・これ!凄い。。。美味しい!」という言葉に
私もほんの一口だけ・・・・とおもいきや・・・・
あまりの美味しさで ぺろっと完食した私。
お餅の焼きのタイミングが良くて、外は、カリットで、大豆の味が良く、甘さ加減が絶妙!

このお善哉は、多分単品は無理なはずです・・・???

是非、季節感を感じながらのお食事に是非。。。十三屋にお越し下さい(宣伝マン:よしこ)

特に  東大阪・八尾近辺の方には。。。。
車でも電車で近いこの信貴山に是非・・・
こんなに近くで旅行気分になるのは、穴場です!ともかく、旅費代が安くつきますよ(笑)


さぁ!!!!
私にとって 幻の奥の院に向かいました!
今回は、唄者さんが、確実に行くためにと タクシーで行くことになりました。
その間は、ドキドキの私です。

欲しいものが手に入る!食べたいものが食べれる!行きたかったところに行ける!
そんな感覚です。

見えてきました!ありました!!!!

’ 信貴山   奥の院 ’と書かれた表札です。

この時から   八尾の唄者さんは「 懐かしいわぁ~全然変わってないわぁ~」と言う。


そこに足を踏みいれると・・・
あちらこちらを写していた八尾の唄者さんです。


門をくぐり すぐ左手に八尾の唄者さんのお父さんの碑があります。

『 これ!これ!わしの親父が・・・・』
その言葉と表情で懐かしいばかりかお父様に会ったような感動の唄者さんでした。

昭和20年初頭から亡くなるまで月参りを500数回もご縁あったことを
『 よころび石 』と称して建てられたそうです。

ともかく、懐かしい懐かしいと・・・・
今回のことは偶然を越えて 感動の連続でした・・・・・

このお父様の口癖が、あったらしくて・・・唄者さんがふと言った言葉があります。

『 受けた情けは、恩に刻め。 
                         与えた情けは、水に流す

私は、感無量になり・・・
ここのお寺に来る意味は、この言葉を知るため、聞くためだったかも知れない!
この言葉のような人生であり、人格になろうと心で思い、
横で マダム薫さんは、メモを取りながら 『 そうよねぇ~』と呟く姿が印象的でした。


この鳥居の下には 『某』と書かれてあるだけで、これもお父様が、
感謝の気持ちでこのお寺に寄付をしたそうです。
名前を入れなかったのには、訳があり
あえて名前を入れないことにも意味があるのだとか・・・
ある方にアドバイスをもらい『某』にしたことを話している唄者さんの様子の写真です。


覗きこんでいるのは・・・
ここにも お父様のゆかりものが掲げてありました!


この奥に進むと  このような風景です。


この仏像を見て・・・又 懐かしいと連発の唄者さんです。


帰る時にこのお寺の方(若奥さん)と色々な話ができました。
この時も今日の最初からずっとお父様が一緒だったかもしれないとふと・・・・感じる私。


では、帰りましょう・・・・と。
この門をでると この景色です。
(下の写真)

この門をくぐる人は、わずかなご縁のある人だけかも知れないと思います。
なかなか、行く機会のない場所と感じましたので
このブログから、「信貴山  奥の院 」のご縁を皆様に繋ぎます。

福結び人  よしこ      合掌


この日の次の日に八尾の唄者さんからのコメントがありました。

《よしこさん お疲れ様でした 》
最高の日和でなによりでしたね。自宅近くの山本駅からわずか二駅の信貴山口駅ケーブルなのに、4人でわいわいがやがや、どこか遠くの旅行に来た気分。
昼飯を頂いた十三屋は一昨年の一月に上方さにん花が演奏した旅館です。
そして20数年ぶりの信貴山奥の院、子供の頃から何回来たかわかりません。
ひとつも変わってません、非常に懐かしく感じました。
よしこさんの、是非行ってみたいという言葉がなければこれからもなかなか来ることがなかったかも知れません。
本堂から相当離れているので知る人も少ないところ、ここへ500回以上月参りをした親父を偲ぶには最高の場所です。これも何かの縁でしょう。
付き合っていただいて本当にありがとう。
大阪市内にも親父を偲ぶ箇所がいくつかあるのでまた案内します。八尾の唄者より

『 沖縄さにん花 』(八尾の唄者さん:リーダー)


2012年11月13日火曜日

みんなの知らない本物の男達 発見!(沖縄の台風17号の支援に行った物語)

今年起きた台風17号の
沖縄復旧支援活動に携わったある男達の物語・・・・
2012年9月29日に沖縄に上陸した台風から・・・始まった。


私達は生活する上でなくてはならないライフラインというものがある。

昨年の東北の震災で起きた福島県の原発事故で

電力という問題があらためてクローズアップされて以来・・・

私達の生活で当たり前にあるものとされる

このライフライン。。。電気・ガス・水道・通信などのあり方を

考えさせられる今日この頃だ。

身近で当たり前、感覚でいたこのライフラインと称されるものは、

今回のように自然災害にあうと

瞬く間に潰されるという事実を実感する私達だ。

それも一瞬にして破壊されることになる。

それを私達人間の手で又直し、造るという作業をしている人達の記録である。

この写真は、沖縄の台風で関西から数十名で支援活動に行き、帰阪前日の写真である。

この台風被害の全てを完了したわけではないが、次の支援グループに引継ぎまでの

仕事を終えた男達の写真である。

この話をこのブログで伝えたかった意味がある。

自然の災害が起きると、仕事とはいえ、家を離れて慣れないホテル住まいをしながら

地域住民のために必死で活動している事実と

この災害が過ぎると忘れがちになるのですが

自然災害の爪跡は、大きくていまだに普及活動をしているという事実を

知ってもらいために掲載した。

このブログでは、
ほんのわずかの人達にでも伝えられたらと思った。。。。。

又、

この自然災害と背中合わせに暮らしている私達人間は、

ライフラインの仕事をしている人達がいることで安心することもあるということも

このブログで伝えたかった・・・。

感謝です。

この写真(下)は、この時の支援活動部隊を率いる隊長こと大阪の兄貴(左手)が

沖縄の方への激励の安全旗を渡して握手した時。

この安全旗には、この時に応援に行ったメンバーの寄せ書きがある。

そこには、同じ会社で働く男達として絆と心からの応援と

災害に負けずに頑張ってほしという思いを残し

自分達は、帰阪するが、この想いは、いつもあるという応援の言葉だろう。

完了をしていない復旧活動の途中で帰る辛さを

隊長(大阪の兄貴)は、この寄せ書きに託したのだろう!

ここに仕事を超えた 男達のあつい友情と絆が生まれたと思う・・・・



この旗を見ると 男達の真心を感じる・・・・・

心の底からの願い感じる・・・・


この時の大阪の兄貴こと支援隊長はこう語る。

『 関西からの支援部隊で、今日まで安全に事故も無く無事に支援作業が
できたのは、大変ながらも沖縄の皆様の暖かい気遣いがあったからこそ・・・
被害の大きさに比べれば、支援期間中に復旧できた内容は小さいかも知れない。
しかし、全員が一致団結し「絆」のために精一杯 支援できたと自負しています。』


支援隊長は、阪神大震災・東北大震災の復旧支援にも 参加しているので

この災害対策としての経験はあるが、

自然には、勝てない!自然の恐ろしさ!

被災者の大変さと関わることでいつも感じると言う。


去年の東北大震災の時の写真が1枚出てきた・・・

この時、
兄貴(左手)の顔は、やせこけていて、支援の大変さがわかる・・・・

又、こんなことがあった。
現地に煙草も無くて大阪から送るにも、輸送経路が動いてないために
なにも送れなかったことを記憶している。

情けなかったが、自然と共存している人間の儚さもあるが、

又、自然に感謝して生きている私達がいるという事実を感じる。

こうして、ライフラインに携わる仕事の家族の人も色々な意味で

支援活動の支えとなり協力者である。

つまり、ライフラインの仕事を関わる家族も一緒に支援活動している・・・・感覚だ。


もう一度この写真を・・・・・・

忘れないで欲しい・・・・・・

働く男達の友情と絆と想いを・・・・・

そして、まだ復旧活動をしていることを・・・・・・

頑張れ!沖縄!!


この時、沖縄では、まだ復旧活動をしているが・・・・・

第1軍とされる男達は、大阪に帰った。

関西空港で 待つ上司や同僚の人達が大勢待っていた。

『 お疲れさぁーん!お疲れさん』の言葉が、飛びかう。

兄貴の姿を確認した。

無事にみんなと一緒に帰れたことが1番安心した。

今回、大阪の兄貴は、支援活動と参加したメンバーの安全を管理する役目があったからだ。

兄貴は、この時一瞬にしてその役目から開放された様子だ。

すぐに両親に無事を電話した私。


この時
今回の支援活動の最後の最後になる瞬間を支援隊長(兄貴)が、何か話していた・・・・

家族としても 関係者の皆様全ての方々に

『 本当にお疲れ様でした 』とお礼を言いたい。

そして、ありがとうございました。


又、自然と共有して生きている私達には、明日何が起きるかは、誰も分からない。

勿論、災害がおきないことを願い、祈りつつも

こうして、全国でおきた災害の時は、

災害支援軍団の人達に頼る私達がいる事実と

まだ、終わらぬ復旧活動を忘れずに・・・・ずっと応援する!

 で・・・・

支援期間の兄貴にも偶然はつきまとう・・・

今回の災害復旧には、全国から支援部隊が集結していた。

そこで兄貴にとって偶然の懐かしい再会があったと言う・・・・・

つまり。。。

いつもの偶然な出来事があったみたいだった。

2日目の朝、兄貴が泊まっているホテルのロビーで

『 どっかで聞いた声(関西弁)やなぁ~???まさか???』

『その声は・・・・』もしかしたら???と・・・

元勤務していた 佐賀県からの支援部隊のメンバーが、偶然にも

同じホテルに宿泊していたので

特徴のある関西弁の兄貴のことを見つけたのです!

『 やっぱり・・・来られていたのですね!課長!』

久しぶりの再会が、まさか支援先の沖縄でのホテルが一緒で

出会うとは・・・・・びっくり!

この時、全国からの支援部隊もかなりの人数だったというのに・・・。

再会の懐かしさに浸っている間もなく、各々挨拶だけを交わし、支援作業に

出かけたと言う。・。・。・。・この時はただ、夕飯を一緒に食べる事を約束して。。。


その時の写真です。




お互いに懐かしさに一瞬浸り、今回の支援に来た意気込みを語り、
話す事は尽きないけれども
明日からのお互いの健康と安全を誓いつつ この夜は、別れたのだという。


最後に兄貴からの一言

今回の関西からの支援メンバに本当に感謝しています。
皆が頑張り、気遣ってくれた『お陰』で無事に支援業務が完了する事ができました。
この団結力があったからこそ、リーダとしての任務を真っ当出来たと思っています。
ありがとうございました。

佐賀のメンバに出会えた事で、やる気と元気の『パワー』を頂きました。
これからも永遠の『ご縁』を繋げ、第二の故郷のメンバとして俺を助けて下さい。
ありがとうございました。


続き。。。福結び人 よしこの山陰の旅 色々発見!(その2)


続き・・・・日本海を見ながらのランチタイムに満足度100㌫以上の私達は、
とてもいい気分で・・・・いざ出発!

世界遺産   石見銀山(2007年7月に登録)の みてあるきの旅に向かいました。

石見銀山とは・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E8%A6%8B%E9%8A%80%E5%B1%B1

石見銀山世界遺産センター
色々な情報が判ります⇒http://ginzan.city.ohda.lg.jp/

この銀山遺跡とその文化的景観のある道で散策コースを歩く私達。
銀山跡、町並み、街道、港、城跡など14の資産で構成されていて
中には、重要文化財もありました。
この中で一般公開施設とあるお店の猫ちゃん(キムチ)の情報を紹介します。

今から石見銀山を案内しますが、このブログで行った気分に・・・・
なる構成で作成してみますね。

まずこの道が散策コースで・・・
見える景色は、喉かな空気の良い田舎にきた感じです。



私の時代にも見たことのない新聞の看板です
⇒昭和初期のイメージが、家や風景全てにまだ残っていました!

人は、昔の場面を見るとなぜ?『ホッと』するのでしょうか?

見てください!!
煙草屋さんです・・・・・・
下の部分は、タイル張りです。

まず、散策コースの入り口付近で

中村プレイス(株)という会社がありこの映画(右手)で協賛し、又有名にもなったらしいです。

医療器具のメーカーさんで、人助けになる仕事であると同時にこの地元の石山銀山を愛し
世界遺産になったことで世界との交流をはかっている会社。
この取材記録を見ると 判ります。

中村プレイスから歩いていくと道の両サイドには、お店(雑貨)であったり、
銀山に関する施設やこの地で栄えたお家などが、沢山ありました。
これを全て見るためには、1日では、多分無理です・・

まず、重要文化財でこの銀山で栄えた最も有力な商家の熊谷家住宅を紹介します。

私には、映画のワンシーンでしかない・・・・
がしかし
一緒にいた従姉妹のみっチャンは思わず
『懐かしい~昔のうちの家と同じやわ~』と叫んでいました!

私達のルーツである祖父様(亡 小笹熊市)は1代で塗装店を営み、その当時
沢山の職人さんがいて一緒に
過ごしたことにある(大家族)みっチャンは、大はしゃぎでした(笑)


懐かしい・・・水まくらですね!

もっと詳しく なおかつ そこを見学した気分になれるので
このサイトをご覧下さい!
CG等あるので、楽しんで見ては・・・・・。


この散策コースを歩いていると・・・・・どこかで見た看板があったのです!

『群  言  堂』


『 あれぇ~確か?どっかでぇ~・・・・・?』
実母と叔母がよく行くお店(大阪)の看板で本店がここにあったようです(偶然)

その叔母から、このお店の松葉 登美さん(オーナー)の話を聞いていたのです!
お金では買えない豊かさに満ちている女性で自分の好きなものを取り入れ
淡々と日々を積み上げて行く姿の女性・・・・
今の現代に求められている人であり、この感覚を求めている時代だと思います。

群言堂の原点⇒これを見れば。。。わかります!

お店の中の中庭です。
それは、見事な森の空間でした・・・・・

おトイレに 入ると   なんとレトロな・・・・
洗面台となるものは。。。石を固めて感じで・・・
思わず・・・このブログでも伝えたくて。。。撮らせていただきました(笑)

中庭の横にある   お洒落なカフェです!

お店で1枚の葉書を見つけました!
そこには・・・
藍染のタペストリーの写真とオーナーの登美さんのコメントが書かれてありました!
内容は(中省略)・・・・
《 耕すことから始める仕事 》と題して
布作りは、耕すことから始まり、綿花を育てて糸にしてそれを織って布になる。
藍も同じで畑で育てて収穫の後に時間をかけて発酵させて又作業があり藍に染めるそうです。
1枚の布に仕上がるまで手間隙がかかっいることを
知っている松葉さんは、小切れも粗末にできないと書かれていました。

最後にこんなことが書かれてありました。

『 藍染の裁ち眉を貼ったタペストリーには、もったない神様が宿っています 』   登美

この女性のお人柄と礼儀正しく、感受性豊かで真心と誠意があり
教養深い女性だと感じた1枚の葉書でした。
まさしく 『 みんなの知らない 日本美人 発見!』 です。

最後にお店を出ると ショーウインドウに何か動物らしきものが見えたのですが

私は、ぬいぐるみだと思い、素通りすると
みっちゃん曰く
『 よっちゃん!!!見て!見て!生きてるよ~』というのです。

でも・・・・びくともしないのです!

何回も方向を代えてみたのですが。。。ぬいぐるみのようにしか見えないのです。

そしてこの猫に名前が『キムチ』というらしくて
又、オーナーの松葉さんが面白いことを書かれている葉書を見て
本物の猫であると判明したのです(笑)

題名   《 キムチのキモチ 》

我が家には、キムチという猫がいます。
このウインドウの中にいつも鎮座しているキムチは今や正真正銘の招き猫となりました。
この猫を譲り受けた娘さんがキムチを代筆した面白い文章があります。

「私キムチと申します。縁あってこの町にやってきました。
猫の立場で申しまして とても住みやすい町です。(中略)
巷では人間は何かと忙しく、「猫の手でもかりたいわ」など申されますが、
決して貸してあげれません。
このライフスタイルこそ猫の猫たる文化ですから。」

なんて書いていますが、もし本当にキムチが人間の言葉を喋れたら、きっと
                               何か言いたいのだろうと思わせる存在なのです。                        登美

という内容・・・・。

今度は、キムチさんに会いに石見銀山に行きたい感じです・・・・・

「 世界遺産 石見銀山にキムチあり」・・・・です(笑)

この散策コースで見ていないところは、沢山ありますが
夕暮れになったので松江の自宅に・・
その帰る途中の日本海です。


さて、大阪に帰る日が来ました。
あっという間に時間は・・・過ぎて行きますね。

昨晩 主人から電話があり、、、
「そろそろ帰らないとみっちゃんが仕事できないよ~ 」と言われました。
全くその通りで予約制のお店を経営しているので
私が松江に滞在の間は、多分臨時休業をしていたはず・・・申し訳ありません!

で帰る前に
みっちゃんの自宅から歩いて徒歩5分程に
松江城下町というのがあります。
松江城や武家屋敷などの城下町巡りは、風情あふれていて歴史のある趣のある場所にと・・・・

この日のランチは、みっちゃんお勧めの「出雲蕎麦処  八 雲 庵」お蕎麦屋さんです。
(城下町の中)
お店に中には、芸能人さんの色紙でびっしりでした。

出雲の神話のちゃっとお勉強した私は・・・「やまたのおろち」という名前だったので
思わず・・・・・拝借!
お蕎麦と日本酒は、最高の相性(ちなみに、おっさん(大阪弁)の飲み方だと兄貴に言われる私)
以前、ふなつ(前回のブログ)のお蕎麦屋さんでは、飲みたそうな私だったらしくて・・(笑)
なので、今回は、後悔しないように。。。迷わず、注文しました(笑)

この時、注文したのは、割り子そばセット(かきあげ)

出雲そばと日本酒を堪能した私は、帰り支度のために帰る途中に
お洒落なお土産屋さんを発見!

「 松江 ごころ 」
地元の特産物や日本酒の試飲ができる複合施設でした。

私が松江で好む日本酒が 「李白」です。

この上のサイトの中にある李白の田中社長さんのコメント動画を
ふと、見た私ですが、ありのままを話されている社長に好感を持ち、紹介します。

この中で話しに出てくる長野県の真澄さんも私も日本酒リストの上位の酒蔵(偶然です)

後、超お勧めしたい佐賀県の鍋島にある「旭 屋」酒屋!
美人女将さん(田中さん)がセレクトするお酒の銘柄は、最高です。
主人のお勧めは 「 東一 」
(以前このブログに掲載:鍋島日本美人 発見!)

と日本酒を愛する福結び人  よしこは、
この施設の中にあった李白のきき酒を見て
マタマタ、こんな機会はないと判断し、李白と書かれた「おちょこ」がついて
いるという誘いにも ほだされ・・・・大好きな李白を頂くことにしました(ほとんどいい訳:笑)

ここでも  「みんなの知らない日本酒 李白美人  発見!」
安達さんという誠実的で素敵な女性で色んな説明を丁寧に教えて下さいました。

今日は、なんだかんだといい訳付きで(笑)お昼間から・・・・日本のお酒を沢山頂きました。

ご馳走さまでした!


そして最後にお伝えした情報があります。
実は、昨晩の出来事です!

それは、10畳程のスペースのまっ白いお部屋で薄紫色のカーペットやタオルがあり
そこには、エンジェルさんが、沢山いました!!!
それは、女の子が気に入る部屋作りで女性が施術をします。

このお店は、宣伝をしていなくて 全て口コミでお客様がこられます”
だから・・・凄い・・・・

「 ホルミシス リンパマッサージ 」といい
細胞に刺激を与えて若返らせ、老廃物を外へ出すオールハンドの施術法です。
このホルミシスと今まで美容に関して学んだことを全てプラスし、
そのオーナーさんにしかできないオリジナルハンドパワー施術なんです。
なおかつ、心身共に元気にするというお店です。

このマッサージというのは、身体に直接触れるものなので
真心のある人(いい気の人)に施術してもらうと実に結果が出ます。
ちなみに 私はこの日、初めてしたのですが・・・・
白と薄紫とエンジェルの中の部屋で見事にぐっすり!
目覚めた後の爽快感が忘れられません。
身体が軽いのです(決して体重が減ったわけではなく・・・笑)

’ エンジェル・フラッグ  '

島根県松江市春日町        ℡0852-24-8881

(10:00~20:00)日・祝休み    完全予約制

オーナー   佐々木美智子(実は、従姉妹のみっちゃんです)

今回は、良い思い出が出来ました・・・・・

お墓参りに始まり、出雲大社・石見銀山・いづも蕎麦

そして

みっちゃんの愛の物語まで

今日も人のためにと施術しているみっちゃんに感謝です!

お世話になりました・・・

次回は、べっぴん会のメンバーで松江ツアーに行きますので

その時は、お店は、又、臨時休業になりますが宜しく(笑)

こうして・・・・・独身に一瞬なった福結び人  よしこの旅情報を終了いたしまーす。

実は、今回の旅は、女ひとり旅ではなく・・・・

私と私の家族の一員の蓮君も一緒の旅でした’笑
(帰りのバスの中で撮影!)

「 先蓮愛久道美縁心神話冠」   福結び人   よしこ

★  明日は『沖縄であったある男性達の物語』掲載します。

 
信貴山の奥の院と吉野の佐藤宮司とのご縁物語りを今週中に公開しますので!